調停が一番つらかった理由は、
書類の多さでも、相手とのやり取りでもありませんでした。
「自分が、あっち側の人間になってしまった」と感じたことです。
ドラマやニュースで見るような、
家庭が壊れて、裁判所に通う人たち。
それまでは、どこか遠い世界の出来事だと思っていました。
私は、
普通の家庭で暮らしているつもりでした。
普通の会社員として働き、
法律を破ることも、誰かに迷惑をかけることもなく、
ごく当たり前に日常を送ってきたつもりでした。
いわゆる「裁判所に縁のない側の人間」だと、
疑いもなく思っていました。
それなのに、裁判所に通っている。
自分の名前が呼ばれ、
調停室に入っていく。
その事実が、ただただ衝撃でした。
「どうして私が、ここにいるのか」
「私の人生は、いつからこんな場所につながってしまったのか」
悪いことをしたわけでもない。
誰かを傷つけたわけでもない。
それでも、裁判所に“当事者”として座っている。
その現実を、なかなか受け止められませんでした。
別居の決断は、本当に正しかったのか
夫と別居する決断をしたあとも、
何度も自分に問い続けていました。
- あの選択は本当に正しかったのか
- 世間体はどうなのだろう
- 子どもたちは、どう感じているのだろう
特に苦しかったのは、
「子どものため」と言い切れない自分でした。
守るために逃げたはずなのに、
「私のわがままだったのではないか」
そんな迷いが、夜になると何度も押し寄せてきました。
笑ってもらえると思ったのに、引かれた
私はもともと、人に明るく話す性格です。
つらいことがあっても、どこかで笑いに変えてしまう。
そうやって、これまで何度も乗り越えてきました。
だから、調停のことも、
重たく話すより、少し冗談っぽく話したほうがいいと思いました。
「今、調停をやっていて。すごくない?」
あっち側の世界に来てしまった自分の状況を、
少し面白おかしく話せば、
笑ってもらえるんじゃないかと思ったのです。
でも、返ってきたのは、
笑いではありませんでした。
戸惑ったような沈黙。
どう反応していいのか分からない、という空気。
中には、はっきりと引いているのが分かる表情もありました。
その瞬間に、気づいてしまいました。
これは、ネタにしてはいけない話なのだと。
私は前向きに話したつもりでした。
でも、「裁判所」「調停」という言葉の重さは、
思っていた以上に強かったのです。
ちゃんと分かってもらえる人は、いませんでした。
それから私は、
少しずつ、この話をしなくなっていきました。
誰にも相談できなかった孤独
誰にも話せない。
でも、一人で抱えるには、あまりにも重い。
弁護士はついていました。
相談はできます。
けれど、弁護士はカウンセラーではありません。
事実を整理し、
証拠を確認し、
次に取るべき手続きを、冷静に淡々と説明する。
それは仕事として、間違いなく正しい対応です。
でも私は、
「怖い」
「不安」
「もう無理かもしれない」
そんな感情を、そのまま受け止めてほしかったのです。
感情的なことを話しても、
返ってくるのは、理屈と現実的な判断。
それが悪いわけではありません。
でも、その冷静さが、余計に孤独を深くすることもありました。
誰にも弱音を吐けない。
笑いに変えようとしても、引かれる。
専門家に話しても、感情は置いていかれる。
私はそのとき、
完全に一人でした。
これから一人で、子ども3人を育てていけるのか
頭の中は、常に不安でいっぱいでした。
- お金は足りるのか
- 正社員とはいえ、時短勤務の収入でやっていけるのか
- もし自分が病気になったらどうなるのか
- 私が倒れたら、この家族はどうなるのか
未来を考えれば考えるほど、怖くなっていきました。
そして、いちばん辛かったこと
いちばん辛かったのは、
一度は愛して、人生を約束した人と、こんな結末になってしまったことでした。
憎しみだけなら、まだ楽だったかもしれません。
けれどそこには、
期待も、信頼も、夢も、すべてがありました。
それが壊れていく過程を、
自分の人生として引き受けなければならなかったのです。
私なりの「乗り越え方」
私の場合、迷いは、前に進むことでかき消していった、という感覚でした。
考え始めると、
「本当にこれでよかったのか」
「取り返しのつかないことをしているのではないか」
と、不安はいくらでも湧いてきます。
でも、正直に言うと、
悩んでいる暇はありませんでした。
いざ別居するとなると、やることが本当にたくさんあります。
会社に有休を申請して休みを取り、
役所へ行き、女性相談窓口に足を運び、
そこで弁護士を紹介してもらい、
警察に行き、児童相談所にも行き、
学校で必要な手続きをする――。
一つ終わったと思ったら、次、また次。
息つく暇もないくらい、やることだらけでした。
もちろん、メンタルはボロボロでした。
怖くて、不安で、涙が出る日もたくさんありました。
それでも、
「立ち止まって考えるより、今は動く」
そう自分に言い聞かせて、とにかく行動しました。
不思議なことに、
その「行動すること」自体が、
私のメンタルを支えてくれていたように思います。
何かを一つ終わらせるたびに、
「今日もちゃんと生き延びた」
そんな感覚が、少しだけ自信になっていきました。
完璧な判断だったかどうかは、今でも分かりません。
でも少なくとも、あの時の私は、
自分と子どもたちを守るために、できる限りのことをしていました。
それで十分だったのだと、今は思っています。


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